おあそびごと

文を、書きます

木屋町三条上ル

渇き、乾き。これらはエアコンのせい。初夏を告げる暑い日の昼下がりを迎える。ミネラルウォーターのボトルと向日葵の花瓶で、静かな鈍い乾杯をした。おめでとう、夏。

 

古都の玄関口こと京都駅より徒歩3分に在る女子大生の下宿はうるさい。世間はこんなんだし、あいつはあんなんだし、こまごましたことが面倒臭くなってすっぴん・ポールスミスの(半)部屋着・マルジェラのサンダルの3点セットで家を出た。マスクも忘れずに。

 

バイトもしていない、精を出すほどの学術的興味も何ら持ち合わせていない。大学に入って早1年と半年。為し遂げたのはちょっとの恋愛とそれのモドキがたくさん。前者は現在進行形。なんなら、後者も。

 

現行の恋人とは興味本位で訪れた国際ボランティアサークルの新歓で出会った。左京区の大学に通う同い年の彼。彼の顔はパッとしない塩顔で私好みだったし、背もそこそこ高くて、でも女慣れはしていなくて、何が言いたいかというと、70点。わたしにとっては70点だし、それはわたしが彼のもとにいる限り不変だ。

 

彼は結構な苦学生だ。大津の実家から電車で長い時間をかけて通学しつつ、週に5日はアルバイトをして学費を稼いでいる。親の仕送りで遊び惚けているわたしには想像もつかない世界だ。それでもデートの時には大抵彼の財布に世話になっているし、誕生日には祇園のフレンチに連れて行ってくれて、4℃のハートのネックレスをくれた。

 

しょうじき、わたしはそういったものは何一つ望んではいない。

 

きっとわたしに会えない不安の中でわたしの愛情を繋ぎ止めておきたい気持ちが、彼自身が財布になることを強いているんだろう。それに気付いていながら黙って享受するだけのわたしは、もしかしたらちょっとずるいのかもしれないな。

 

どうでもいいことを考えていたらまた渇きに襲われた。「後者」の彼との約束の時刻はもうちょっとだけ先だけれど、一足先に喉と口腔を潤しておくことにする。

 

木屋町の路地、古い雑居ビルの階段を上がったところにあるショットバーが好き。今日も先客はいなくて、ピニャコラーダでうだるような6月の外気を吹き飛ばした。此処は私の庭だ。

 

「後者」の彼とは木屋町のパブで知り合った。上京区の大学に通う彼はひとつ年上で、派手な顔と髪がそのときのわたしには都合が良く思えた。どうでもいい男とどうでもいい夜を過ごすのも一興だと。それだけのことだったはずだけれど、触れてなお、彼に心惹かれていたのは確かだった。

 

3回生の彼は春先にすでに大手商社の内定を獲得していて、長躯で細身の引き締まった、きれいなからだをしていた。それから耳障りの良い声も、一瞬のために吐き出されるためらいのない嘘も、その全てがわたしを塗り替えていった。彼のことは決して、どうでもよくはなかったと気付かされてしまった。

 

少しして、彼がドアを開ける。ふたりで静かにマティーニをあおって店を出た。もう夕焼けの名残はなかった。

 

木屋町通を上がっていく。わたしはやけに速足だったらしく、焦んなくても逃げないよ、と彼が笑う。浄土寺に在るという彼の家には上がれないこと。彼を生かしているのは年上の女性であること。それを十分わからせた上で言う言葉ではないと思いつつも、わたしはまた足を速めてしまった。

 

夜を反芻することに意味はないはずだけれど、実状に期待ができない以上、健康でいるためには必要なことなんだろう。そう言い聞かせるしかなかった。気が付けば三条通をとっくに超えていた。

 

わたしは明日、木屋町で何度目かの朝を迎える。